結局あれからイネ=ノが戻ってくることはなかった。
僕は用意されたパジャマに着替えると大きすぎるベッドの真ん中に転がっていた。
なぜか今夜は寝付けない。
キク=カのことが気になってしまうのだ。
それはやはりキク=カが弟と瓜二つだったからだろうか?
キク=カはこれからどうなってしまうのだろう。
アキレスの言ったとおり植物状態に?思わずぞっとして息を飲む。
まるで自分の弟がそうなってしまうかのような錯覚をどうしても捨てきれない。
だってそうだろ…双子…いや、あまりに似すぎていて本当は同一人物なのでは?と疑いたくなるほどなのだ。
村で会った少女やメグサのお母さんのようにバイオリンでなんとか治してあげられたらよかったのに…結局なんの効果もなかった。
それどころか僕自身がキク=カの目の前であんな混乱した姿を見せてしまって…申し訳ないどころでは済まされない…。
イネ=ノはなんとかして少しでもキク=カの心の崩壊を止めようとしているらしいが…
もしかすると夕食のとき席をはずしたのはキク=カに何かあったから?
他にどれだけの患者を抱えているかも解らないし憶測でしかないけれど、でも…。
心の中で僕は静かに混乱していた。
本当にこの世界に来てからわからない事だらけだ。そもそも何故僕はここにいるのだろう。
この界に来てからの一番最初の問いを掘り起こしてみる。
“何故自分はここにいるのか”どこかで頭を打って大いなる夢を見ているだけという落ちも、もしかしたらあるのかもしれない。
ただ、それにしてはリアルすぎる。風や紅茶、食事の香り、味、走ったり転んだりしたときの感覚は生々しく体に伝わってきている。
夢落ちという選択肢はもうはずしても良いだろう。
では何故、訳もなくこんなところへ来てしまったのだろうか。
この指輪はなんなんだろう。神様である証のこの石のついた、イネ=ノとおそろいの指輪。
そして僕はそのイネ=ノと瓜二つ…。
たまたま偶然に訪れた、というよりも意図的に僕はここに連れてこられた、そう考えたほうがはるかに自然のような気がする。
その具体的理由はわからないが、少なくとも僕がもといた世界と、このイネ=ノの世界を繋げたものがいる。
僕はずっと気になっていたが先延ばしにしていた問題を頭の奥から引っ張り出した。
僕がもといた世界での記憶は学園の石像の前で途切れている。
そう、半馬人の石像だ。あまりにも偶然過ぎる。
あそこがパラレルワールドへの入り口だったんだ。
とすると、あそこへ導いたのは紅茶をくれた白人、羽鳥翼だ。そうだ、あの人だ…。
考えてみれば不自然な事だらけじゃないか…。
そういえば「また会おう」って言ってたような気が…。
そうだ、たしかに言った。間違いない。
ベッドからはいだし僕は裸足のままベランダに飛び出していた。
静寂を引き裂くように僕は叫んだ。
「羽鳥翼!!どこかで僕をみてるんじゃないのか?!だったらここから出してよ!!
あなたが僕をここへ連れてきたんでしょ!!」
しかし満天の星空は静かに瞬きながら輝くばかりで何の変化も起きなかった。
「ねぇってば!!」
いきなり冷たい空気を多量に吸ったからだろうか。少し肺が痛んだ。
「それは誰だい?」