「おいしい!!」
見た目は宝石箱をひっくり返したようなまばゆい液体で正直味は期待していなかったのだが…
ほんのり甘く、微かに青りんごのような甘酸っぱい香りがする。
僕のその様子を見届けるとにこりと微笑み、アキレスはごゆっくりといいながら部屋の外へ出て行った。
さて…イネ=ノが帰ってくるまで少し時間がありそうだ。
あ…そうだ、帰る前に宿題でもやっておこうかな。
ずっと置きっぱなしになっていた学生かばんをひっぱりだしてくると教科書とノートを広げた。
久しぶりの勉強だ。
キク=カやイネ=ノの事を考えると思わず手が止まりそうになったが軽く頭を振って勉強に神経を集中させた。
どれくらい時間がたっただろう。
もう何時間もたっているような気がする。
気がつくと復習を終え予習もかなり進んでいた。
これ以上は参考書がないと解らないや…。
切りのいいところで手を止め勉強道具をかばんにしまった。
明後日には帰れる…。
もちろん少し寂しいところもあるが正直早く帰りたくて仕方がなかった。
かばんの中に携帯電話を見つけるとそれを取り出す。
開くとやはり時計は止まったままだし電波は圏外のままだ。
しかしメニューや他の機能は普通に使える。
それに一度も充電していないのにバッテリーが減る気配もなかった。
画像ファイルのフォルダを開く。
そこには携帯のカメラで撮影したたくさんの画像が納められている。
庭に咲いた花の写真、旅行に行ったときに撮った高原の写真、入学式のとき撮った学園の写真、
ピアノに寄りかかった明人の写真…カメラのレンズに満面の笑みを向ける明人…。明人…。
「ああ…本当だ…キク=カにそっくりだね」
突然声が降ってきた。いつの間にかイネ=ノが後ろに立っていたのだ。
「それはなんだい?」
携帯電話を指差して不思議そうに小首を傾げて見せた。
「これは携帯電話だよ。
えーっと…これを使って遠く離れた人と会話ができるんだけど他にもいろいろと機能があって、
写真を撮ることも出来るんだ。こうやって…」
カメラの撮影モードに切り替え室内を撮ってみせた。
「おお…これは面白い!視覚的な記憶を焼き付けるようなものかな?」
「う…ん。まぁ、そんなところかな?」
神様にカメラの機能説明をしている自分がなんだかおかしく感じた。
「あ…入間…アキレスにそっくりさんの写真もあるよ!」
フォルダーの中を検索する。
「おお…本当だ」
イネ=ノも楽しそうに画像に顔を近づけて見入る。
「すごく面白いやつでバイオリンもうまいんだ!僕よりうまいよ」
「フフフ…アキレスのそっくりさんがバイオリンを構えて弾いているのかと思うとなんだか不思議な感じだね。
アキレスはあれでいて実は楽器演奏が苦手でね」
やっぱりあべこべなんだ。こちらの世界と僕の世界、顔が似ていても性格が一致するとは限らないようだ。
「これはみなとみらいの夜景」
横浜のビル群の夜景写真だ。
「“みなとみらい”?なんと美しい…」
「僕の世界にはこんな高い建物がたくさん建ってるんだよ。
夜景も綺麗でね…イネ=ノにもぜひ生で見せてあげたいくらいだよ…あ、そうだ。
イネ=ノが僕の世界に行く事は出来ないの?」
「…そうだね…ぜひ行ってみたいとは思うが…おそらく一度行ったら戻ってこれないかもしれない。
君がこちらの世界にこれたのも奇跡みたいなものなのだろうから…」
イネ=ノは真面目に答えて見せた。
「そもそも次元が違うからね。
宮殿から宮殿に飛ぶのとは訳が違う。
行けるものなら行ってみたいとは思うが…今回帰り道を見つけられたのもそれこそ奇跡に等しいかもしれない。
キク=カは今回を逃してもあと十年後にまたチャンスが訪れるとは言ったが…果たしてそんなに簡単なものだろうか…」
正直僕にはわからない話だった。奇跡を越えて僕はこの世界にやってきた。
自分が心のそこから望んでいたのなら軌跡が起きた!と喜んでいたかもしれないが…。
「おや、この女性は?」