第九章:消えゆくもの(1ー1)

思わず泣きそうになるのをぐっとこらえる。
かわいい弟が今にも死にそうな顔をして
こんなたくさんの管につながれ痛々しい姿でベッドに横になっていたら誰だって!!
気がつくと僕は弟の名前を静かに呼びながらその顔に手をそっと添えていた。
肩をぽんと叩かれる。
「竹人、少し落ち着いて」
そう言いながら僕の腕を軽く引っ張ってベッドから少し離す。
『いいんだよ…君の弟さんと僕が瓜二つだから驚いているんだよね?』
キク=カが微かに微笑んだがそれがあまりにも痛々しすぎてもう僕には止める事が出来なかった。
涙が溢れる。次々と頬を伝いしずくがぽたぽたと零れてゆく…。
「前もって話すべきだったかな?」
イネ=ノも少し困惑した顔をする。
「イネ=ノは知ってたの?や…ホントごめん…でも…これ洒落になってないから…」
思わずその場にしゃがみ込んでしまった。長いため息が漏れた。
持っていたバイオリンケースが一緒に倒れる。
体に力が入らない。体が軽く震えているのが分かった。
喉の奥が詰まるような感覚がして上手く呼吸ができない。
息が苦しくてめまいがしてくるほどだ。でも、今は…。
なんで…、なんで僕は泣いてるんだ…今はやめてくれ!頼む!!涙、止まってくれ!!
そう祈りながらも涙は次から次へと零れ落ちてゆく。
顔を両手で覆う。暫く沈黙が続いた。誰も口を開かない。
ただ遠くで微かに水の流れる音がしていた。少しずつ呼吸が整っていく。
気がつくと涙も止まっていた。一度、深く息をはいた。やがてやっとのことで僕は顔を上げ、そっと立ち上がる。
「すみませんでした。弟と重なって見えてしまったもので…」
だが声はまだ涙声だ。
「いいんだよ。こちらこそちゃんと話すべきだった。」
イネ=ノが僕の背中を優しくさすってくれた。
『竹人…こちらへ…。もう一度顔を見せて』
キク=カの、か細くも弱弱しい声が聞こえる。
なるべく二人に気づかれないようにゆっくりと深呼吸すると再びベッドの脇に立った。
やはり明人だ…。髪の色も瞳の色も違うけれど、だけどこの顔は…。
『君もイネ=ノとそっくりだ。』
「え?」
思わず両手で自分の頬を触ると、触り慣れた感触を受けた。
「部屋に入ったとき術は解いたから」
イネ=ノがそういいながら椅子を持ってくると僕に座るように促した。
ありがとうと礼を述べて僕はそこにそっと腰を下ろす。
『早速だけど本題に入ろう。あまり時間が無いんだ…。』
時間が…ない?思わず息を飲む。
『君の帰る方法なんだがそれは次元のひずみの隙間、そこから帰れる。
ただ、いつでもその隙間はあるわけじゃない。次に現われるのは偶然にも明後日だ。
ただ、これを逃すとあと十年、君の世界で言うと三十年は帰れなくなる。
だから一度きりのチャンスだと思ってほしい。』
運よく明後日その扉が開く。だが逃すと先が長いということか…。
『場所はイネ=ノが知っているよ。』
イネ=ノがこくりと頷いてみせる。
『予言してあげる。君は、』
そこでキク=カは一度言葉を切り僕の瞳を真っ直ぐに見つめて見せた。
そして再び口を開く。
『君は幸せになるべきだ』
「え?」
『今のは予言だけではなく僕の望みも入っているんだよ』
にこりと無邪気な笑顔を作って見せたがあまりにも明人と重なってしまいまた泣きそうになるのをぐっと堪える。

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