気がつくと部屋はオレンジ色の光に包まれていた。体には柔らかで暖かい布がかけられている。
どうやらいつの間に眠ってしまったようだ。
イネ=ノの姿はない。
あれからずいぶんと話した。
僕の生まれた町、国、世界、文化、文明、友達や家族のこと、学園生活や今勉強している内容など…。
自分が生まれ育った世界を語るなんて慣れなくて最初はぎこちなかったがだんだんとそれに慣れ、
最後のほうはまるでプレゼンでもしているかのように順序だてて気持ちよく話せていたと思う。
だがやはり体がこの世界の時の流れとは違うせいか、時間がたつにつれ疲労感を覚えていった。
不思議とおなかは空かなかったが眠気には勝てなかった。
イネ=ノの世界の話を聴こうとしたところで記憶は途切れている。
さすがに失礼だよな…
気を悪くさせたのではないだろうかと思ったがそのイネ=ノの姿はない。
「タケト様、お目覚めですか?」
タイミングよくアキレスが部屋に入ってきた。
「ああ…ごめんなさい。
どうやら僕眠ってしまったようで」
「良いのですよ。慣れぬ場所でお疲れでしょう。どうぞゆっくりと体を休めてください。」
最初はあまりにも入間にそっくりで驚いたが立ち振る舞いがぜんぜん違う。
気がつくとアキレスが入間とは別人格の持ち主である事を認識できていた。
「食事はどういたしましょう?」
「ああ…なんだろう…この世界に来てから一度も食事してないんだけどなぜか、おなかが空かないんだよね…」
「お茶を召し上がったからでしょう。
イネ=ノ様が体を気遣ってお茶の中に体力が回復する魔法をかけておられましたから」
「魔法?」
思わず小首をかしげる。
「はい。回復魔法でございます。
イネ=ノ様の得意技の一つですよ」
そういって大人びた笑顔を見せた。
やっぱり入間はとは別人だ。改めてそう思った。
「そういえば…イネ=ノは?話している途中で僕、眠ってしまったみたいで…怒ってなかったかな」
「大丈夫ですよ」
フフフと笑いながらアキレスは両手をオーバーに広げて見せた。
「あのお方が怒るなどよほどのことが無い限りありえないでしょう。
大丈夫です。ご心配は無用ですよ。
イネ=ノ様は仕事のため少々席をはずされていますがもうじき戻られます」
「そう…良かった…じゃあ…イネ=ノが戻ってきたら一緒に食事したいな」
「かしこまりました」
にこりと微笑み一度頭を軽く下げた。
「そう…竹人様に一つお話しておかなければならないことがあります」
突然声のトーンが下がる。
「…何?」
「実は、竹人様の存在はイネ=ノ様と私しか知りません。
もし異世界からイネ=ノ様そっくりの異邦者がやってきたと他の者にわかったら大騒ぎになります。
ですのでどうかこの部屋からお出にならないようにしていただきたいのです。
もちろん、何か不自由なことがありましたら遠慮なく私めにお申し付けください。」
「え…ああ…そうなんだ。分かったよ」
僕がにこりと微笑むとアキレスは安心したように小さなため息をついてでは、と挨拶して部屋から出て行った。
そうか…だから…村で僕を探すとき、記憶喪失のイネ=ノって事にしなければいけなかったんだ。
言動が怪しくても記憶喪失だからって事で済むし…。
両手を天井に向けて思い切り伸びをしてみせる。
これだけ広い部屋に窮屈さなんて感じないし一通りのものは全て揃っている。
不自由なんてない。両手を後ろ手で組んでゆっくりと部屋を見回しながら歩いた。