第四章:市場の音楽(1ー2)

様子を見ていると本当に買い物をしているようにしか見えない。
これが映画の撮影なんだろうか?お腹すいた…。
市場の中では肉や魚のようなものも売っていておいしそうなにおいが漂ってくる。
それに、なんだかもう疲れたよ…。
 少し広い広場に出た。時計塔がある広場だ。広場の中央にシンボルのように大きな木が一本立っていた。
その根元にどっかりと腰を下ろし木に寄りかかった。
はぁ…疲れた。
やっとのことで日がかげり始め空が茜色に染まりかけていた。
今何時なんだろう。そうだ、時計!塔の上を見上げた。
 ……え?
眉間にしわを寄せる。
時計は確かにあった。
数字は振っていないがその代わりに模様のようなものが飾ってある。
念のため数えてみるがちゃんと十二個ある。
しかし…針がないのだ。短針も長針も、当然秒針もない。
なんだ!壊れてるのか!!もう…今日は本当にがっかりすることばかりだ!
がっかりした気持ちと同じようにもう一度乱暴に木の根っこに座り込んだ。
 少し寒い。かばんから土まみれのスーツを出すとそれを着込んだ。
と…これは!!教科書や筆記用具にまぎれて水筒が埋もれているのを見つけた。
そうだ!羽鳥翼がくれた水筒!!乱暴に取り出すと水筒のふたを開けた。
 かすかにりんごのような香りがふわりと漂う。
一口飲んでみる。どうやらカモミールティーのようだ。まだかすかに温かい。
 久しぶりの液体は喉をしみるように潤して通り過ぎ、胃袋を暖めた。おいしい…。
思わず泣きそうになった。ハーブティーがこんなにおいしいものだったなんて…。もう一口くちをつけようとしたところで
「おにいちゃん!」
と声を掛けられた。
 顔を上げると手に持ったかごいっぱいに先ほどテントでみたのと同じピンク色をしたりんごのようなものを詰めて
黄緑色の頭巾をかぶった女の子が立っていた。瞳の色が恐ろしいほどに黒かった。
「おいしそうね。なに飲んでるの?」
 顔はかわいいが表情が冷たい。そこに笑顔はなく何故だろう、一瞬弟の明人と重なって見えた。
「カモミールティーだよ。」
「カモ…?なにそれ、聞いたことない」
 女の子は小首をかしげて不思議そうな顔をする。
やっぱりどことなく弟と重なる何かがあった。思わず僕は水筒を女の子に差し出して見せた。
「飲む?」
すると一瞬躊躇うそぶりを見せたがりんごいっぱいのかごを足元に置くと女の子は両手で水筒を受取り口をつけた。
「……!!なにこれ!!」
突然女の子が声を上げた。
しかし何故だろ…この子の言葉は少し音量が低く少し聞こえ辛い。
肺活量が弱いのだろうか。
「すごい!!すごくおいしいけれどこの香りはなに?薬湯かなにか?」
「え?薬湯?ああ…でも一応ハーブティーだから何かしら効能あるのかな?リラックス効果とかかな?」
「リラックス?すごいね。お兄ちゃん医術者なの?」
「へ?」
「すごいよ…いつも病気のときに飲む薬湯なんかより全然おいしいよ!!まるで果物の汁を飲んでるみたいだわ!!」
「ふふ…そこまで喜んでくれるとは思わなかったよ」
お茶一杯でここまで感動する子供がいるだろうか?その子がどうしても明人と重なって見えて愛おしく思えた。
「ねぇ、ここってなんていう名前の町かな?」
女の子に聞いてみることにした。女の子は答える。
「ここはディフテッソスよ」
「はい?」
思わず聞き返さずにはいられなかった。
「ディフテッソス。おにいちゃん見慣れない服だけどどこから来たの?」
小首をかしげて見せる。どこから答えればいいのだろう…
「鎌倉市って知ってる?」
「カマクラッシ?ってどこ?」
「鎌倉しらない?鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)とか由比ガ浜(ゆいがはま)とか大仏とか有名でしょ?」
「ええ?知らないなぁ。それ何?神様の名前?」
「大仏は…神様?いやあれは仏様?」
思わず口の中でぶつぶつとつぶやいてしまう。この子じゃ幼すぎてわからないのだろうか。
「ねぇ、お父さんかお母さんは近くにいないの?」
大人に聞いたほうが話が早そうだ。すると突然女の子の表情が曇る。何かまずいことを聞いてしまっただろうか。
「いないの…。二人とも死んじゃったから」

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